院長紹介

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患者様に宿る無限の可能性を引き出し 患者様が自分自身を信頼できるまでサポートします

不安や緊張を開放していただく事を第一に考え、現在お困りになっている状況をお聞きして治療方針などを決めさせていただいております。

当院では、捻挫や打撲、肉離れなどのケガの治療だけでなく、アスリートや責任世代の方、スポーツをしている子供さん、大人の女性特有の症状などで困っている方々の専門治療にも積極的に取り組んでいます。柔道整復師院長隅内孝幸が約30年の施術実績を元に責任を持ち丁寧な施術を行っております。

また、大学病院、総合病院、個人医院との連携関係を構築しておりますので、検査を要すると判断した時、或いは患者様よりご希望のあった場合には、ご紹介をしております。診療情報提供書の交換を行い、正確な判断をもって施術を行うことで早期改善を図っております。患者様に安心して治療を受けていただき、良くなったことを感じられるまでフォローアップいたします。

人生において『楽しむこと、笑顔でいること、夢をかなえることを大切に、患者様と一緒の気持ちになって、未来への夢に向かいたいと思っております。

プロフィール

子供さん向けの予防イベントや大人のストレッチ体操教室開催。整骨院、治療院様向けのコンサルタントをしております。

ドクターもプロスポーツ選手からも支持される29万人施術実績を持つ治療家※創業以来の延数

三幸接骨院 院長

柔道整復師隅内 孝幸(すみうち たかゆき)

限界を知らずに遊ぶスポーツ大好きな少年時代

1964年、東京オリンピック開催に向けて日本が活況を呈していた時代、建設会社勤務の勤勉で丈夫な身体の持ち主の父と「家族思いのThe日本の母」のような母の間に長男として生まれる。3歳上の生真面目な姉とお調子者で要領の良い自分という家族構成の中、両親からの寵愛を受け素直な子供時代を過ごす。

幼稚園から小学生の間は暗くなるまで泥だらけになるほど飽きずに毎日遊ぶ。中学校では野球部に入り主将を務める。中学3年時に、書道展で市の表彰を受けるも、周囲からは”文科系キャラじゃない”とからからかわれるほど、活発であった。周囲が呆れるほどやんちゃ坊主であった自分は、3回の骨折を経験する。一度目は近所で遊んでいて、二度目はバスケットボールで、そして三度目は友人と喧嘩。その時に経験した骨折の痛さと不自由な時間は、今思うと必要な出来事である。

高校ではサッカー部に所属し、卒業後も仲間たちと長年に渡りサッカーを続ける。高校2年生の時、TVの欧州サッカー放映で怪我した選手に駆け寄るトレーナーの姿を観て心が震えるほど感動し、”自分もアスリートや痛みで苦しんでいる人を助けたい!”と強く思い柔道整復師を志す。

ステップアップを目指し見聞と経験を深める

1984年、専門学校入学と同時に練馬区内の接骨院で修業生活をスタート。朝から夕方までは接骨院で働き、18時からは渋谷の専門学校へ通う充実した3年間を過ごす。渋谷の繁華街はバブル全盛期で賑わっていたが、そこへ足を踏み入れる事は無く、早く技術を身に着け患者様に喜んでもらいたいと思い日々勉学に励む。

1987年、柔道整復師免許取得。翌年の9月、他国のスポーツ現場に興味があり、見聞と経験を深める為、1年間のオーストラリア行きを決断する。知人からシドニー在住の方を紹介していただき、その方々のお陰でシドニーのプロラグビークラブ『St.George』で選手のケアをする機会を得る。アジアと欧米の方々の身体の違いはあっても、初めて欧米の方の施術した自分を支持してくれたという経験は、大変有意義な時間であった。

帰国後、さらにラグビー日本代表トレーナーの下で研修を積む。同時に新宿区内の分院長を拝命し、院長として全ての責任を持ち施術対応する貴重な経験をさせていただく。

世の辛い人たちを何とかしたい! 幸せをたくさん創り出す接骨院を目指し開業

1990年11月、板橋区徳丸にて『三幸接骨院』開業。命名するにあたり両親から授かった名前の『幸』を入れる。また、三には数が多いという意味がある事を漢和辞典で知り、幸せをたくさん生み出したい気持ちから『三幸(みゆき)』とした。『一に世の幸福、二に他人の幸福、三に自分の幸福』を創り出す接骨院を目指す。

2002年、柔道整復専門学校専科教員免許取得。2005年、メンタルケアと融合した施術を求め、日本よりも100年は進んでいると言われるアメリカのセラピストとの交流を開始し、渡米先での個別指導や日本に招いてセミナー開催を始めたのをきっかけに、ストレス性症状の患者様からも好評を得る。2018年11月、開院28周年を迎え来院患者様の延数は約29万人を超える。

まさか自分が?! 身をもって体験したことが、
患者様への接し方に大きな変化をもたらす

2006年、患者様の利便性向上と来て頂いた皆様方を幸福にする空間作りの為、店舗を移転。しかし新装オープン初日の朝、いきなり思いもしない涙が溢れる。湧き上がってきた感情は”俺、なんだか辛い!”。何故その様な感情になるのか考えても原因となるものは見つからなかったが、仕事は休むことは出来ない。感情が揺れるうちに身体も重く感じられ、『身体と感情は一体』だと理解はしていたつもりだったが、それを自分自信が実体験する事になる。治療家として、最高の技術を提供することは勿論であるが、患者様の気持ちを真に理解し、心に寄り添う事を医療従事者として思い知る出来事であった。

人は皆それぞれ考え方、生き方、価値観が違うのが当たり前。そして「痛み」も人それぞれ違う。人生も仕事に於いても、多様な視点を持つ事が大切だと痛感したことが、自分にとって大きな転機となる。それ以降、患者様を更に「心の奥底から笑顔が溢れる人生を!」と思うようになり、化学的根拠立証済みのドイツ製機器、NASAが共同開発した高性能機器を導入。2018年には、ドイツ製機器も新たに導入。その治療効果は絶大で、より幅広い施術が可能となる。

施術にあたる強い思いは、辛い症状を取り除くことで患者様の中にある「無限の可能性」を取り戻してほしい!患者様からは「ここに来るだけで治った感じになる」「本当に楽になった、いままでと全然違う」「これなら明日戦える!」「今までの辛さは何だったの?もっと早く知っていたら」「症状を聞いてもらえるだけで楽になる」等、好評を得る。

患者様の良くなりたいという思いを受け止め、辛い思いや苦しんでいる人を助けたいという自己欲求を遂行し、皆様が笑顔と夢を手にするまで全力サポート誓う。私のヴィジョンは、自分の夢を元気に叶える人たちがこの地球にいっぱいになること。

施術の写真は、オーストラリア・シドニーを本拠地とする歴史あるラグビーリーグのチームにて、試合前の選手のケア。新聞は、当時のチーム状態に関する記事で、日本人トレーナーとして記載されたものです。

ミッション

人の身体を癒す天賦の才を授かったことを自覚し、その力を惜しみなく他者に還元する努力を絶やさず、全うし使命を果たす。

趣味

ゴルフ 海外旅行 ドライブ

経歴

  • 1987年3月 柔道整復師免許取得
  • 1988年9月 オーストラリアへ渡りシドニー本拠地プロラグビーリーグ所属「St.Georg」にてトレーナーを務る
  • 1989年 ラグビー日本代表チームトレーナーの許に勤務
  • 1990年11月 三幸接骨院開院 同時に社会人から小学生まで幅広くサッカーチームのトレーナーを兼務
  • 1991年 板橋区成増 小林病院との連携開始
  • 2000年 板橋区赤塚 あべクリニックとの連携開始
  • 2001年 板橋区常盤台 北角診療所との連携開始
  • 2002年 日本大学医学部附属板橋病院との連携開始
  • 2002年4月 柔道整復師専門学校専科教員免許取得
  • 2006年 高島平中央総合病院との連携開始
  • 2007年6月 ハワイ、ロサンゼルス等で活躍しているセラピスト達からメンタルケアとメンタルが及ぼす身体への影響、改善方法を学ぶ
  • 2008年10月 第88回サッカー天皇杯3回戦 横浜FC vs 沖縄かりゆしFC 沖縄かりゆしFCトレーナーとして参加
  • 2010年4月 駿河台日本大学病院との連携開始