痛みや不快症状は辛いものです。同じ病名でも症状や生活環境は一人ひとり異なります。

三幸接骨院では患者さまとの会話を大切に、患者さまが何を一番に思っているのか、何を望んでいるのかを感じ取るよう配慮しております。

治療方法、治療方針の選択は各自違うものです。マニュアルは存在しません。

全てがオーダーメイドの治療です。

また院内は清潔で明るく開放的な空間作りをしており、来院して頂いた時には痛みの患部を治療することは勿論ですが少しでもリラックスして頂ける事も大切だと考えております。

怪我を負った方や、日々辛い症状をお持ちの方にも明日が有り未来があります。

スポーツをしている方なら大切な試合が有ったり、旅行を計画していたり、趣味の発表会が有ったりなど皆それぞれに楽しみにしていた事が有るでしょう。

人生において楽しむことは重要な事です。 そして、その思いが怪我や悪い処を早期に改善する良薬です。患者さまと一緒の気持ちになって未来への夢に向かいたいと思っております。

人生において

 楽しむこと 笑顔でいること 夢をかなえること

 大切にしていきたいです。

 

ドクターもプロスポーツ選手からも支持される

 29万人施術実績を誇る治療家 ※創業以来の延数

 三幸接骨院 院長

 柔道整復師 隅内 孝幸(すみうち たかゆき) 

 

 限界を知らずに遊ぶスポーツ大好きな少年時代 

 64(昭和39年)東京オリンピック開催に向けて日本が活況を呈していた時代、建設会社勤務の勤勉で丈夫な身体の持ち主の父と「家族思いのThe日本の母」のような母の間に長男として生まれる。3歳上の生真面目な姉とお調子者で要領の良い自分という家族構成の中、両親からの寵愛を受け素直な子供時代を過ごす。

 幼稚園で学芸会の主役、6年生で組体操塔の一番上、中学校野球部主将を務めた。中学3年生には書道展で市の表彰を受けるも、周囲からはキャラじゃないとからかわれ妙に納得する。中学生の時に近所で遊んでいて、バスケットボールで、そして喧嘩でと、合わせて3回の骨折を経験しる。骨折の痛さと不自由な時間を経験した事は、今思うと必要な出来事だったと感じる。

 高校ではサッカー部、卒業後もサッカー&飲み会を大いに楽しんだ。ある日、欧州サッカー放映で怪我した選手に駆け寄るトレーナーの姿をテレビで観て、痛みで苦しんでいる人を助けたい!と思い柔道整復師を志す。

 

ステップアップを目指し見聞と経験を深める

 84‘専門学校入学と同時に練馬区内の接骨院で修業生活スタート。朝から夕方までは接骨院で働き、18時からは渋谷の専門学校へ通う充実した3年間を過ごす。バブル絶頂期ではあったが、当時頂いてたお給料は月3万円で渋谷の繁華街へ足を踏み入れる事は無かった。早く技術を身に着け、自分の腕で稼いでいこうと強く思った。

 87‘に柔道整復師免許取得。88’9月に見聞と経験を深める為、そして他国のスポーツ現場に興味があったので、1年間のオーストラリア行を決断する。シドニーのプロラクビークラブ『 St.George』で選手のケアをする機会を得る。人種による身体の違いと、人種を越えても自分の施術を支持してくれるという体験は大変有意義な時間であった。帰国後、ラクビー日本代表トレーナーの下で研修を重ねながら新宿区内の分院長を拝命。全ての責任を持ち施術対応する貴重な経験をした。

 

世の辛い人たちを何とかしたい! 

幸せをたくさん創り出す接骨院を目指し開業

 90‘11月 板橋区徳丸にて三幸接骨院開業。命名するにあたり両親から授かった名前の『幸』を入れたかった。三には数が多いという意味がある事を漢和辞典で知り、幸せをたくさん生み出したい気持ちから三幸とした。『一に世の幸福、二に他人の幸福、 三に自分の幸福』を創り出す接骨院を目指す。

 02‘ 柔道整復専門学校専科教員免許取得。05‘メンタルケアと融合した施術を求め、日本よりも100年進んでいると言われるアメリカのセラピストとの交流を開始し、渡米先での個別指導や日本に招いてセミナー開催を始めたのをきっかけに、ストレス性症状の患者さんからも好評を得る。18’11月に開院28周年を迎え来院患者さん延数は約29万人を超える。

 

まさか自分が?身をもって体験したことが大きな飛躍につながる

 06‘店舗を移転。患者さんの利便性向上、来て頂いた皆様方を幸福にする空間作りの為、大きな設備投資になるが、自分の中では大きな決断であった。しかし、新装オープン初日の朝、いきなり涙があふれてきて人生初めての感情に狼狽した。湧き上がってきた感情は「俺、仕事したくない」であった。情緒不安定になり、指導を受けていたセラピストの施しを受け、医師の処方薬に頼ることもあったが仕事は休まずに続けた。きっかけは未だに分からないが、まさか自分がこの様な状況になるとは思いもしなかった。ただこの経験により人は皆それぞれ考え方、生き方、価値観が違うのが当たり前なのに、自分の思いを他人に押し付けていた事に気づかされた。人生も仕事に於いても多様な視点を持つ事が大切な事だと痛感した。

 新たな情熱が甦ったいまでは、患者さんからは「本当に楽になった、全然違う」「これなら明日戦える!」「今日までの辛さは何だったの?もっと早く知っていたら」「医師との連携もあるので安心」等など好評を得る。

 01‘化学的根拠立証済みのドイツ製やNASAが共同開発した高性能機器導入。18’新たに導入したドイツ製機器も効果絶大でより幅広い施術が可能となった。

 患者様の良くなりたいという思いを受け止め、辛い思いや苦しんでいる人を助けたいという自己欲求を遂行し、皆が笑顔と夢を手にするまで全力サポート誓う。私のヴィジョンは、自分の夢を元気に叶える人たちがこの地球にいっぱいになること。

 

ミッション:人の身体を癒す天賦の才を授かったことを自覚し、その力を惜しみなく       

       他者に還元する努力を絶やさず、全うす使命を果たす。 

  趣 味:ゴルフ 海外旅行 ドライブ

  経 歴

1987年3月    柔道整復師免許取得

1988年9月    オーストラリアへ渡りシドニー本拠地

                                プロラグビーリーグ所属「St.Georg」にてトレーナーを務る

1989年      ラグビー日本代表チームトレーナーの許に勤務

1990年11月   三幸接骨院開院

           同時に社会人から小学生まで幅広くサッカーチームのトレーナーを兼務

1991年      板橋区成増 小林病院との連携開始

2000年      板橋区赤塚 あべクリニックとの連携開始

2001年      板橋区常盤台 北隅診療所との連携開始

2002年      日本大学医学部附属板橋病院との連携開始

2002年4月    柔道整復師専門学校専科教員免許取得

2006年      高島平中央総合病院との連携開始

2007年6月    ハワイ、ロサンゼルス等で活躍しているセラピスト達から

           メンタルケアとメンタルが及ぼす身体への影響、改善方法を学ぶ

2008年10月   第88回サッカー天皇杯3回戦

            横浜FC vs 沖縄かりゆしFC    

            沖縄かりゆしFCトレーナーとして参加

2010年4月    駿河台日本大学病院との連携開始